最近気がつくと自分の時間のほとんどをニコニコ動画に費やしているような気がする。
 テレビは元々ここ2年ぐらい食事をしているときに家族が見ている番組を何となく見るぐらいで殆ど能動的には見ていない。それはそれでテレビの呪縛から解き放たれて良いことだと自分では思っていたのだが、結局その分ネットに吸い取られてあまつさえニコニコ動画という極めて中毒性の高いメディアに行き当たってしまった。
 救いがないのは、こうなる前からたぶんそうなるだろうなという予想があって実は敢えてニコニコ動画からは距離を置いていたという経緯があったのに、アキレス腱切って暇になってついうっかり手を出してしまったところ。
 ニコニコ動画の中毒性とは言うまでもなく多様で膨大で何でただで公開しているのか判らないほど高品質なUGMの存在が一義的にある。そういう意味では惰性で職業的に制作されることも多いテレビ番組よりはよほど当たりを引く可能性が高い。ま、UGMであるからハードルが低くなっていることもあるだろうけど。
 その上でコメントの存在が視聴という極めて受動的な行動を正当化する装置になっている。別に見ている本人がコメントをしていなくても何となく自分を代弁しているコメントを見つければそうそうと思うし、いわゆる「荒らし」を見て鬱陶しいと思うことですらただ垂れ流しでコンテンツを消費している無為さを擬似的にコミュニケーションに昇華させているところがあると思う。
 ま、うだうだ言っても結局のところは創る側:成長する者と見る側:貪る者という構図を参入機会で見れば極めて民主的に設定しているのだから見る側に回ってしまったら負けと言うことなのかな。