目的を自ら設定し、環境との相互作用のなかで矛盾を超えて新しい知を主体的に生み出す知識創造企業を動かしていくのは、リーダーシップである。ビジョンを基に具体的な言語あるいは行動指針を示す。組織の壁を超えて「場」を設定する。それを対話と実践に結びつけ、内外に偏在する良質な知の質を総合し、多層にわたって知の質を高めていくー。これが知識経営を支えるリーダーシップの役割である。
 知識創造企業では、固定化された管理体制型ではなく、文脈(関係性)に応じ臨機応変にトップが決まる、より柔軟な「自律分散型のリーダーシップ」が基本である。組織の内外にリアルタイムで生成・消滅する場の文脈に合わせ即興的に意思決定をするには、リーダーの役割が固定されていては不可能である。それはアリストテレスが「フロネシス(実践的叡智)」と呼んだ、正しい目的と適切な手段を状況に応じて判断し実践する力を、一部のエリートではなく組織全員に求める「知の総動員」システムとも言える。知識社会ではもっとも貴重な資源は資本ではなく知であり、21世紀に企業と社会を動かすのは、従来の理論でいう資本家や資本家に経営を委託された経営者のみではなく、日常業務のなかで知を創(つく)り続ける組織のメンバー全員なのである。
〜中略〜
 共同体は個の異質性を排除する可能性がある。個の異質性が排除されれば、異なる主観の総合による新しい知の創造も起こらない。
 価値観を共有しながらも異能異端の個人を生かす、あるいは企業の合併・買収(M&A)や提携、アウトソーシング(外部委託)によって得られた「外部からの知」を総合して新しい価値観と知を機動的に創り上げていく、そういう「知識創造の共同体」をどうつくっていくか。そしてそれを利益追求の機構としての側面とどう総合するか。雇用形態や報酬体系の問題も含め、それが今世紀日本企業にとっての課題ではないだろうか。
(参照元:日本経済新聞 2005年2月4日 p.37 『やさしい経済学-21世紀と資本主義 知識社会と企業 8.知識創造共同体』 一橋大学教授 野中郁次郎)