企業ではビジョンに基づいて対話と実践が連動することによって知識が生み出されるのであるが、そのプロセスには実存する(生身の)人間の関与が不可欠であり、そのための「場」が知識創造の基盤として必要となる。
 日本語の「場」という言葉は、物理的な場所だけでなく、特定の時間と空間、あるいは「関係の時空間」を意味している。場はオフィスなどの物理空間、メーリングリストなどの仮想空間、あるいは共通体験や思いといった心理的空間にも存在しえる。しかし場の本質は空間そのものではなく、そこでどのような相互作用を通してどのような文脈(関係性)が共有され、どのような意味が生み出されるかにある。
 場とは、相互に浸透可能な境界を持ち、多面的な知識・視点を持った人々による対話が促され、独自に意図・方向性・使命・命題の創造が行われる関係性であり、それが「関係の時空間」である。近代科学は、主観が自己と他者の間においては共有されえないという主客分離の前提に立つが、場は外部であると同時に内部でもあり、いわば存在の共有される場所である。そこでは、個の視点は他者との関係の中で理解され、互いの視点が総合されることで新しい知が創造されていく。場に参加する個人は、様々な文脈を場に持ち込み共有する。そして共有された文脈も個人の文脈も、相互作用の中で変化していく。
 そして場は一つの部署やプロジェクトには限られない。それは「共有された動的文脈」であり、先述のようにその本質は人と人との相互作用にある。その作用を核として、場は組織の壁を超え重層的につながっていく。場が有機的、重層的に結びつくことで実質的な組織が形成されるのである。
後略〜
(参照元:日本経済新聞 2005年2月4日 p.37 『やさしい経済学-21世紀と資本主義 知識社会と企業 7.知識創造の「場」』 一橋大学教授 野中郁次郎)