有頂天

 自分の一番良くないことはハイになった瞬間にそれまで苦しかったことを一瞬でも忘れてしまうことだと思う。
 全てではないにしろ多少は心配事が片付いたこと、週末になって少なくともあと二日はあの死にそうに憂鬱な朝を迎えなくても済むこと、忙しい中彼女がこんな僕のためにメールをちゃんと返してくれていること。
 こうしたことが綯い交ぜになって自分の根本的な問題点を忘れ、今の状況で迷惑をかけている職場の人に浮かれた姿を見せたり、夕食にお酒を飲んでみたり、母親にご機嫌で話してみたり。
 悪いことではないと思うのだけど、そうしたときにふと「メメントモリ」によく似た言葉が脳裏をよぎる。喜ぶのは良い。今を受け入れるのも悪くない。だけど苦しみはすぐそばにあってそこから遠ざかっているわけではない。僕にはそこから遠ざかり違う人生を歩むためにまだまだすることがある。一時の状況と本質的な状態を取り違えていてはせいぜいが二歩進んで一歩下がっていれば良い方だ。
 本当に幸せになりたければ残された時間はわずかしかなく一瞬たりとも無駄には出来ないはず。僕はまだ「死」の前に訪れるべき忘れてはならない何かを持っており、そのために今頂きにいるような錯覚をしてはいけない。
 今見た幻の頂きのことは忘れて、もう一度歩き出してみようと思う。