査察官

 恋愛に限らず、人間関係全般に対して僕は自分の失敗に対する許容度が低いと思う。だからといって相手の視点で見てレベルの高い接遇が出来ているかというとそうでもない。
 自分の中に査察官が居て、彼独特の観点から点数をつけていく。会食の場合、お店選びは適切だったか、幹事であることを忘れずに役を演じることが出来るか、粗相はないか。
 恋愛においてはより厳しい採点基準が適用される。
 直接相手に向けての行動以外でも、対象が同僚であれば相手に誇れるような仕事をしているかとか、常に自分の理想とするあり得ない自分を演じ切れているか、相手は退屈そうなそぶりを見せていないか、会話の選択は適切か、車を運転していれば最適化されたルートを選択しているか、自然に笑えているか、メールを打つときは冠婚葬祭の挨拶並みに禁句を使っていないかまでが気にかかる。
 我ながらどうかしていると思うようになったのは結構最近のことだ。基準は時々で変わっていると思うのだが、査察官とはかなり長いつきあいだ。全然親しくなれないけど。
 ただ、思い返してみると初めて告白したときに憑いていたのはこの方ではなくて鬼軍曹だったと思う。安心安寧をモットーとして人生を生きてきた中、あのときだけは相手が引くぐらい情熱的にストーカーすれすれの行動力を発揮していた。
「貴様のそののろまな頭でこねくり回すくらいならその腹の中に渦巻いている有象無象を吐き出してしまえ!」
「サー!イエスッサー!」
みたいな感じで。
 まあ、結局その時の反省に基づいて鬼軍曹は引退し、査察官が就任したのだと思うが。
 当たり前の話だが、査察されながら女の子と会っていて楽しいはずがない。だいたい僕に点数をつける権利を持っている人がいるとすればそれは相手だけな訳で、自分が重ねて点数付けをしても全く意味がない。
 理性では馬鹿げているということは判っている。でも、彼はまだそこにいたりするのです。出来れば明日は付いてきて欲しくないな。